FXを続けていると、「昨日まで効いていた考え方が、今日はまったく通用しない」
「いろいろな形が見えてきて、逆に何を狙えばいいのか分からなくなった」
そんなことはないでしょうか。
上がったと思えば急落する。
レンジかと思えば急に伸びる。
自分が見ていないところではきれいに動いているのに、チャートを開くと途端に動かなくなる。
私も、FXでなかなか結果が出なかった頃は、相場のあちこちに「チャンス」があるように見えていました。
だから、もっと勉強しました。
もっと情報を集めました。
新しい手法も探しました。
サインツールも使いました。
ところが、知識が増えるほど、なぜかトレードは楽になりませんでした。
むしろ、
「これは入れるのでは?」
「あっちの形も使えるのでは?」
「この時間足なら取れるかもしれない」
と、判断することが増えていったのです。
そんな時期を長く経験した私が、今になって思うことがあります。
それは、
相場の全部を取ろうとしなくてもいいのではないか。
ということです。
写真を撮る人が、目の前にある景色を全部撮影する必要がないように。
トレーダーも、チャートに現れる値動きを全部取る必要はありません。
自分が撮りたい写真。
つまり、
「自分が狙う形」だけを待つ。
今回は、そんな考え方について書いてみたいと思います。
相場の全部を理解しようとしなくていい
FXを始めた頃の私は、相場を理解することに必死でした。
チャートを見れば見るほど、
「ここにもパターンがある」
「このインジケーターも使える」
「この時間足にもチャンスがある」
と考えるようになります。
もちろん、勉強すること自体が悪いわけではありません。
知らないことを知る時期も必要だと思います。
私自身、最初の頃は何も分かりませんでした。
だから、いろいろなことを調べました。
でも、ある程度経験を積んだところで、少しずつ別の問題が出てきました。
知識が増えたのに、判断が楽にならない。
むしろ、
「どれを使えばいいのか」
「どこまでを信じればいいのか」
と迷うことが増えてきたのです。
今振り返ると、私には「知識を増やすこと」と同じくらい、
「狙わないものを決めること」
が必要だったのだと思います。
「チャンスが多い」ことが、必ずしも良いわけではなかった
昔の私は、チャートの中にチャンスがたくさんある方がいいと思っていました。
1日に何回もエントリーできる。
いろいろな時間帯で狙える。
いろいろな形に対応できる。
そうなれば、利益を取る機会も増える。
そんなふうに考えていたのです。
ところが実際には、私の場合は逆でした。
狙える場所が増えるほど、
「ここもいけるかもしれない」
という判断が増えました。
すると、もともと狙っていた形ではないのに、
「せっかく動いているから」
「ここを逃したらもったいない」
と、エントリーすることがあります。
そして負ける。
負ければ、
「次こそ取り返したい」
という気持ちまで出てくる。
今振り返ると、私の場合、
「チャンスが少ないこと」が問題だったのではなく、「チャンスではない場所までチャンスに見えていたこと」
の方が問題だったのだと思います。
私が「いつもの場所」を意識するようになった理由
そこで、少し考え方を変えました。
写真を撮る人をイメージしてみたのです。
写真が好きだからといって、目の前にあるものを全部撮るわけではありません。
お気に入りの場所がある。
撮りたい景色がある。
光の具合を待つ。
天気を待つ。
そして、
「今日はこの写真を撮りに来た」
と思える条件が揃ったときに、シャッターを切る。
FXも、これに少し似ているのではないかと思うようになりました。
もちろん、相場と写真はまったく同じではありません。
でも、
「全部を取りに行かず、自分が狙う場所を決めておく」
という考え方は、私にはとても合っていました。
「今日はこの形を探す」
「この条件にならなければ見送る」
「この形が来なければ、今日は写真を撮らずに帰る」
そう考えるようになると、以前よりもチャートを見る目が少し変わってきました。
「狙わない場所」を決めると、待つことが少し楽になる
FXでは「待つことが大切」とよく言われます。
でも、ただ、
「我慢しましょう」
と言われても、私はなかなかできませんでした。
なぜなら、昔の私にとって「待つ」ということは、
何もしていない時間
だったからです。
チャートが動いている。
他の人はエントリーしているかもしれない。
自分だけ何もしていない。
そう思うと、だんだん不安になってきます。
そして、
「これくらいなら入ってもいいかな」
となる。
ところが、自分が撮る写真を決めておけば話が変わります。
「今日はこの景色を撮りに来た」
と決めているなら、別の景色が目の前に現れても、
「今日は違うな」
と帰ることができます。
FXでも、
「入らない」のではなく、「今回は自分の撮る写真ではない」
と考える。
この感覚が、私には意外と大きかったのです。
手法を増やすより、「自分の型」を絞る
私は以前、勝てない原因を、
「自分にはもっと優れた手法が必要なのではないか」
と考えていました。
だから、新しい手法を探しました。
サインツールも使いました。
情報商材にも手を出しました。
いろいろな人の相場観も見ました。
でも、それで判断が簡単になったかというと、そうではありませんでした。
むしろ、判断材料が増えることで迷う場面もありました。
ここで、もし昔の私と同じように、
「まだ何か足りない気がする」
「もっと良い手法を探した方がいいのでは?」
と感じているなら、一度だけ「足す」以外の方向も考えてみてほしいと思います。
私自身、情報を増やすことよりも、
「今の自分に必要のないものを減らす」
ことで、少しずつトレードがシンプルになっていきました。
情報を集めることに疲れてしまった時期のことは、こちらの記事にも書いています。

情報を知ること自体が問題なのではなく、知れば知るほど自分の判断軸が分からなくなっていないか。
そこを一度確認してみるのもいいかもしれません。
「一つしか使わない」ではなく、「軸を一つにする」
ここは、昔の自分の記事を今の自分なら少し言い換えたいところです。
以前の私は、
「規則性は一つでいい」
「一つが最強」
と書いていました。
でも、今はそこまで単純には考えていません。
相場は毎回同じではありませんし、トレーダーによって向いている時間足や手法も違います。
大切なのは、
何でも使えるようになることではなく、自分が再現性を確認できる範囲まで絞ること。
なのではないかと思っています。
例えば、
「この形を中心に見る」
「この条件が崩れたら見送る」
「この場面では無理に別の方法を探さない」
というように、自分の判断の中心を決める。
細かな調整があったとしても、中心となる考え方がブレなければ、チャートを見るたびに一から答えを探さなくても済みます。
私自身も、最初から今の形にたどり着いたわけではありません。
いろいろなものを試して、失敗して、遠回りして。
その中から少しずつ、
「これは自分には必要ない」
というものを削っていきました。
「型を絞る」と、ポジポジ病にも変化が出てきた
そして、もう一つ大きかったのが、
余計なエントリーが減ったこと
でした。
以前は、チャートを見ていると、
「動いているから入りたい」
「ここから伸びるかもしれない」
「このまま見ているだけではもったいない」
という気持ちが出てきました。
でも、自分が狙う形をある程度絞ると、
「これは自分が撮る写真ではない」
と判断できる場面が増えてきます。
もちろん、今でも「入りたい」と思うことはあります。
ただ、
「入りたい」と「入るべき」は別です。
この区別が少しずつできるようになったことで、以前より余計なエントリーを減らせるようになりました。
ポジポジ病については、私自身かなり長く悩んできたので、別の記事で詳しく書いています。

「どうしても待てない」という方は、今回の記事と合わせて読んでいただくと、つながる部分があると思います。
負けた後に「取り返す場所」を探さなくなった
もう一つ変わったのは、負けた後の自分でした。
以前は、負けると、
「次はどこで入れるだろう」
と、すぐにチャートの中から次のチャンスを探していました。
でも、今考えると、
「次の正しいエントリーを探していた」
というより、
「さっきの負けを取り返せる場所」を探していた
ことも多かったのだと思います。
そうなると、普段なら見送る場所まで気になってきます。
「ここならいけるかもしれない」
「少しくらいなら」
「この動きなら取れそう」
そうやって、最初に決めた「いつもの場所」から離れていく。
だから私は今、
負けたからこそ、次の写真を急いで撮らない
という感覚を大切にしています。
負けた後の「取り返したい」という心理については、こちらの記事で詳しく書いています。

「次で取り返す」という発想になった瞬間、次のトレードの目的が変わってしまう。
これは、私自身が何度も失敗してようやく実感したことでした。
自分の型を絞ることは、思考を減らすことでもある
ここまで書いてきて、最近の私は、
「手法を一つにする」
というより、
「判断に必要のないものを減らす」
という方がしっくりきています。
新しい情報を知ることが悪いわけではありません。
新しい手法を研究することも悪いわけではありません。
ただ、それらを自分のトレードに全部持ち込む必要はない。
そう考えられるようになりました。
これは、最近私が取り組んでいる「思考の棚卸し」ともつながっています。
「これは今の自分に必要なのか?」
「これは判断をシンプルにしてくれるのか?」
「それとも、逆に迷いを増やしているのか?」
そうやって一つずつ整理していく。

以前の私は「勝つために何を足せばいいか」を考えていました。
今は少しだけ、
「勝つために、何を減らせるか」
を考えるようになっています。
写真を撮りに行って、シャッターを切らずに帰る日があってもいい
写真を撮りに行ったからといって、必ず写真を撮らなければならないわけではありません。
光が悪ければ帰る。
天気が悪ければ帰る。
思っていた景色にならなければ帰る。
それでも、
「今日は来た意味がなかった」
とは限らないと思います。
自分が撮りたい写真ではないと判断できた。
それだけでも、一つの収穫です。
FXも同じなのではないでしょうか。
自分の型が来なかった。
条件が揃わなかった。
だからエントリーしなかった。
これは、
「何もできなかった日」ではなく、「余計なことをしなかった日」
なのかもしれません。
以前の私は、これがなかなか分かりませんでした。
エントリーしなければ、利益は増えません。
だから、何かしなければならない。
そう思っていました。
でも今は、
「何もしないことが、結果的にトレードを守ってくれる日もある」
と考えられるようになりました。
まとめ|全部を取らなくても、トレードは続けられる
FXのチャートには、毎日いろいろな値動きが現れます。
そのすべてを理解する必要はないと思います。
すべてを取る必要もありません。
そして、
すべてのチャンスを追いかける必要もありません。
私自身、以前はチャートのあちこちにチャンスを探していました。
でも、今は少し違います。
「自分が狙うのは、このあたり」
と決めて、
そこに条件が揃うまで待つ。
来なければ、見送る。
それだけです。
もちろん、これだけで勝てるという話ではありません。
自分の型そのものに優位性があるのか。
資金管理は適切なのか。
ルールを守れているのか。
検証できているのか。
そういったことも大切です。
ただ、少なくとも私にとっては、
「何でも取ろうとしなくなったこと」
が、トレードを続けていくうえで大きな変化になりました。
今でも、チャートを見ていると、
「ここも取れそうだな」
と思うことがあります。
でも、
「これは私が撮りに来た写真だろうか?」
と一度考える。
違うと思えば、シャッターを切らない。
それでいい。
以前の私は、
「今日も何か取らなければ」
と考えていました。
今は、
「自分の場所が来たら撮る」
くらいの気持ちでチャートを見るようになりました。
そして、その「自分の場所」を探す過程で、私はずいぶん遠回りをしました。
手法を探し、情報を集め、サインツールを試し、何度も迷って。
そこから少しずつ余計なものを削っていった結果、ようやく「自分は何を待てばいいのか」が見えるようになってきたのだと思います。
では、その先で実際に私はどう変わっていったのか。
「もっと勝ちたい」と焦っていた私が、なぜ少しずつトレードで崩れにくくなっていったのか。
その過程については、こちらの記事にまとめています。

手法を増やすことより、余計なものを減らす。
全部を取りに行くことより、自分の場所を待つ。
私にとっては、この考え方がトレードとの距離を少し変えてくれました。
今日も、いつもの場所へ。
撮りたい写真がなければ、シャッターを切らずに帰る。
それくらいで、ちょうどいいのかもしれません。
本日も、お読みいただき有難うございました。
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