時々、ふと思うことがあります。
「あのとき、余計なことをしなければどうなっていたんだろう」
ぷーさん式FX(私が現在実践しているロジックで、エントリー後放置するのが基本スタイル)の検証を終えて、
「これならいけるかもしれない」と思えたあの瞬間。
それでも、いざリアルトレードに入ると——
なぜかエントリー後に触ってしまう。
伸ばせるはずの利益を途中で利確したり、
根拠が崩れていないのに損切りしたり、
逆に、ダメなポジションを握り続けてしまったり。
そして後からチャートを見返して、こう思う。
「放置していれば、勝てていたのに…」
この感覚、きっとあなただけじゃないです。
もしこの「分かっているのに触ってしまう」という感覚に、強く心当たりがあるなら。
一度、こちらの記事も読んでみてください。
実は、こうした“触ってしまう衝動”には、ある共通した構造があります。
僕自身もそこに気づくまで、かなり遠回りをしました。
でも逆に言えば、その構造さえ理解できれば、
無理に我慢しなくても、自然と“触らない側”に寄っていくことがあります。
今のあなたの違和感は、間違っていない。
むしろ、次のステージに進む前触れではないでしょうか。
■「分かっているのにできない」の正体
ここが、正直一番つらいところだと思います。
手法が悪いわけじゃない。
検証もしている。
優位性も、頭では理解している。
それなのに、できない。
だからこそ、人はこう考えてしまう。
「自分には向いていないんじゃないか」
「何かが根本的に欠けているのではないか」
でも、少しだけ視点を変えてみてほしいんです。
それは“能力の問題”ではなく、
単純に“人間の仕様”に近いものかもしれません。
■なぜ人は“放置”できないのか
放置トレードって、言葉にすると簡単だけど、
実際にやってみると、ものすごく難しいんですよね。
なぜか。
それは、人間が「不確実性」に耐えるようにできていないから。
含み益が出れば、
「今のうちに確定したい」という安心欲求が出てくる。
含み損が出れば、
「これ以上は嫌だ」という恐怖が湧いてくる。
どちらもごく自然な反応。
むしろ、感じない方が不自然なくらい。
つまり——
放置できないのは、あなたが弱いからじゃなく、
ちゃんと“人間らしい反応”をしているだけなんです。
■それでも、なぜ“放置”が重要なのか
ここが厄介なところで。
人間らしく行動すると、
トレードでは負けやすくなります。
ぷーさん式のようなロジックは、
ある程度の“波”を取りに行く設計になっています。
だから、途中の細かい上下に反応してしまうと、
本来取れるはずの利益を自分で削ってしまう。
言い換えると、
「勝つためには、人間らしさを抑える必要がある」
この矛盾が、トレーダーを苦しめるんです。
■「もっと早く気づけたのでは」という後悔
ずっと師匠のように放置スタイルにして小細工しなかったら、もっと早く浮上できたのではないか
これ、正直に言うと——
(ぷーさん式FXのような、エントリー後放置するスタイルを実践する)多くの人が、どこかのタイミングで同じことを思うんじゃないかと、私は思います。
でも、ここに一つだけ伝えたいことがあります。
おそらく、それは「そのときのあなたにはできなかった」。
厳しい言い方に聞こえるかもしれないけど、
これは否定じゃない。
むしろ逆で。
その段階を踏んだからこそ、
今こうして気づけている、という側面があると思うのです。
もし最初から放置できていたら、
その価値の重みは、ここまで実感できなかったかもしれない。
■放置できるようになる人の共通点
じゃあ、どうすれば放置できるようになるのでしょうか。
特別な才能が必要かというと、
必ずしもそうではない。
むしろ、変化はもっと地味なところから始まります。
・一回でも「放置して勝てた」体験をする
・触って負けた記憶が、じわじわ積み重なる
・“触らない方が楽”と感じ始める
このあたりが揃ってくると、
少しずつ行動が変わってくる。
いきなり完璧に放置できる人は少ないです。
でも、少しずつ“触らない側”に寄っていくことはできます。
■今のあなたの位置
もし今、
「また触ってしまった…」
「分かっているのにやってしまう…」
そう感じているなら。
それはまだ“途中”にいるだけだと思います。
そして、
「放置していればよかった」
と気づけているなら、
もう方向は間違っていません。
■最後に
トレードって、
後からならいくらでも正解が見えます。
でも、その“後悔”こそが、
次の一手を変えていく材料になります。
あのとき触ってしまった自分を、
無理に否定しなくてもいい。
ただ一つだけ。
次に同じ場面が来たとき、
ほんの少しだけ、手を止めてみる。
それだけでも、未来は変わり始めるかもしれません。
今の私は、自分に言い聞かせるように、こう思っています。
「今回は、少しだけ信じてみようか」と。
本日も、お読みいただき有難うございました。


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