損切りできない本当の理由――「そのうち戻る」が招く、損失回避バイアスの罠

失敗と学び
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苦節10年、ようやく勝てるようになった兼業FXトレーダー。家庭の事情がきっかけで様々な情報商材に飛びつき、まったく稼げないばかりか、教材費を中心に総額250万円ほどの損失をこうむる。2年ほど前から勝てるようになり、失ったお金の回収にようやくめどが立ってきたところ。派手な生活は望んでいませんが、持病を抱えているので、FXで稼いだお金で、欲しい健康食品を常に取り入れるなどして、薬に頼りすぎない体づくりに努めています。それでもお金に余裕がある時などは、趣味である将棋用品にお金をかけてみたりってことも…。ほぼ休みなしで駆け抜けた期間が長いので、これからはちょっとした国内旅行や、動物の飼育、友人や家族とおいしいものを食べに行くなどして、心豊かに人生を送れればと思っています。そのために、これからも地道にトレードを積み重ねていきます。

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かなり前のことですが、とある大きな政治イベントがありました。

その直後、有力な政治学者の話として、「長期的にはドル高へ向かう」という見解を耳にしました。

なるほど、たしかにそうかもしれない。
世界情勢、政策、金利差……。
いわゆるファンダメンタルズ的にも、筋は通っているように見えました。

そこで私は、かなり軽い気持ちでロングを持ちました。

「まあ長期で持っていれば、そのうち上がるだろう」

今振り返ると、分析らしい分析はほとんどしていませんでした。

環境認識も甘い。
エントリーポイントも雑。
どこで撤退するかも決めていない。

ただ、“正しそうな話”に乗っただけでした。

そして相場は、容赦なく逆へ進みました。

最初は、まだ余裕がありました。

「押し目かな」
「むしろ買い増しかもしれない」
「長期目線なら問題ない」

そんなふうに、自分に都合のいい解釈を続けていました。

ですが、下落は止まりません。

含み損が膨らむにつれ、だんだんチャートを見るのが苦しくなっていきました。

ここで、ある変化が起きます。

“トレード”をしていたはずなのに、いつの間にか“お祈り”に変わっていくのです。


損切りできない人の多くは、「弱い」のではなく正常です

FXをやっていると、

「なぜ自分は損切りできないんだろう」
「結局また塩漬けしてしまった」
「含み損を抱えると判断力が消える」

こうした悩みにぶつかる人は非常に多いと思います。

そして、多くの人が、自分を責めます。

ですが、これは単なる意志の弱さだけではないのかもしれません。

人間には、「損失回避バイアス」という性質があります。

簡単に言えば、

“利益を得る喜びより、損失を被る苦痛のほうを強く感じる”

という、人間にかなり普遍的な傾向です。

たとえば、1万円勝った喜びより、1万円負けた苦痛のほうが、ずっと強く心に残る。

だから人は、損失を確定させる行為を、本能的に避けたくなります。

FXで言えば、損切りボタンが押せなくなる。

本当は切るべき場面でも、

「戻るかもしれない」
「ここで切ったら反転する気がする」
「損切りした瞬間に上がるのでは」

そんな思考に支配されていきます。

そして気づけば、“分析”ではなく“希望”でポジションを持つようになる。

これが、いわゆる「お祈りトレード」です。


ファンダメンタルズは間違っていなくても、トレードは負ける

ここでやや厄介なのが、最初の根拠が“完全なデタラメではない”ことです。

実際、長期的にはドル高になる可能性もあったのかもしれません。

有力な学者の見解も、一定の合理性はあったのでしょう。

ですが、相場は「正しい意見を持っている人」が勝つ世界ではありません。

タイミング。
資金管理。
撤退基準。
ポジションサイズ。

そういったものが噛み合わないと、どれだけ立派な見解でも、普通に負けます。

しかも相場は、一方向には進みません。

長期上昇の途中でも、大きな押し目や暴落は普通にあります。

私は、その“途中の大きな揺さぶり”に耐えきれず、結果的に大敗しました。

今思えば、「長期保有」という言葉を、自分に都合よく使っていただけだった気もします。

本来の長期投資とは、
余剰資金で、
リスクを管理し、
シナリオを織り込んだ上で持つものです。

ですが当時の私は、

「損切りしたくない理由」

を、“長期目線”という言葉で正当化していました。


「そのうち戻る」は、時に人生を削る

FXで苦しいのは、お金だけではありません。

含み損を抱えると、メンタルがじわじわ削られていきます。

仕事中も気になる。
スマホを何度も開く。
寝る前にチャートを見る。
朝起きて真っ先にレート確認。

そして、相場に人生の感情を握られ始める。

私自身、あの時期はかなり消耗しました。

しかも厄介なのは、“切れば楽になる”と頭ではわかっていても、切れないことです。

なぜなら、損切りは「自分の失敗を認める行為」に感じてしまうから。

人は、自分が間違っていたと認めるのが苦しい。

だから、ポジションを持ち続けることで、「まだ負けていない」と思いたくなる。

ですが現実には、含み損も立派な損失です。

むしろ、放置によってメンタルまで削られていく分、ダメージは深い場合もあります。


損切りがうまい人は、「負けを受け入れる練習」をしている

ここ最近、少しずつ感じるのですが、
勝っている人は、“損切りが怖くない人”というより、

「小さな負けを受け入れる訓練を積んだ人」

なのかもしれません。

負けない人ではなく、
負けを小さく扱える人。

ここは、かなり大きな違いだと思います。

FXを始めた頃の私は、

「どうすれば負けないか」

ばかり考えていました。

ですが今は、

「どう負けるか」

のほうが重要なのでは、と感じています。

どんな優れた手法でも負けます。
どんな分析でも外れます。

問題は、その時にどう振る舞うか。

損失回避バイアスに飲み込まれ、祈り続けるのか。
あるいは、小さく撤退し、また次を待つのか。

この差が、長く見ると非常に大きくなる気がしています。


「勝とう」としすぎるほど、人は苦しくなる

特に、真面目な人ほど危険です。

勉強熱心で、努力家で、情報収集も欠かさない。

だからこそ、

「これだけ調べたんだから、間違っていないはず」

という思いが強くなります。

すると、損切りが“自分の努力否定”のように感じられてしまう。

でも相場は、ときに理不尽です。

努力しても負ける。
分析しても外れる。

だからこそ、“外れた時にどうするか”まで含めて準備しておく必要があるのだと思います。

以前の私は、エントリーばかり見ていました。

ですが最近は、

「このトレードが失敗した時、自分は冷静でいられるか」

をかなり意識するようになりました。

これだけでも、お祈りトレードは少し減った気がします。


最後に

もし今、

「損切りできずに含み損を抱えている」
「お祈りトレードを繰り返してしまう」
「FXでメンタルが崩れている」

そんな状態なら。

それは、あなただけではありません。

多くのトレーダーが、一度は通る道だと思います。

そして、その原因は単なる知識不足ではなく、“人間の本能”に近い部分だったりもします。

だからこそ必要なのは、
自分を責め続けることではなく、

「人は損を避けたくなる生き物なんだ」

と理解した上で、対策を積み重ねることなのかもしれません。

私自身、まだまだ修行中です。

それでも、昔より少しだけ、

「負けを小さく受け入れる」

ことの意味がわかってきた気がしています。

そしてたぶん、FXで長く生き残る人は、
“勝率100%を目指した人”ではなく、

“負けとの付き合い方を覚えた人”

なのだと思います。


※もし、「なぜ自分は同じ失敗を繰り返してしまうのか」「なぜ手法を変えても勝てないのか」を、もっと根本から整理したい方へ。
私は以前、FXで負け続けていた頃の思考パターンや、“聖杯探し”に疲弊していた時期について、かなり本音に近い形でまとめています。

「手法の問題」ではなく、「思考とメンタルの構造」から見直したい方には、こちらが何かのヒントになるかもしれません。

参考になれば幸いです。

本日も、お読みいただき、ありがとうございました。

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苦節10年、ようやく勝てるようになった兼業FXトレーダー。家庭の事情がきっかけで様々な情報商材に飛びつき、まったく稼げないばかりか、教材費を中心に総額250万円ほどの損失をこうむる。2年ほど前から勝てるようになり、失ったお金の回収にようやくめどが立ってきたところ。派手な生活は望んでいませんが、持病を抱えているので、FXで稼いだお金で、欲しい健康食品を常に取り入れるなどして、薬に頼りすぎない体づくりに努めています。それでもお金に余裕がある時などは、趣味である将棋用品にお金をかけてみたりってことも…。ほぼ休みなしで駆け抜けた期間が長いので、これからはちょっとした国内旅行や、動物の飼育、友人や家族とおいしいものを食べに行くなどして、心豊かに人生を送れればと思っています。そのために、これからも地道にトレードを積み重ねていきます。

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