以前もお話したことがありますが、私の本業は、花屋。自営業を経て、現在は、葬儀のお花を専門とする企業に勤めております。
先日、久しぶりに生花祭壇の作成に入る機会がありました。
もともと私は、前職(葬儀社生花部)でも、祭壇作成に関わる主要メンバーの一人でした。
もっと技術を磨きたいという思いから現在の職場へ移ったのですが、こちらは技術者の層が厚く、簡単には作成の順番が回ってきません。
最初の頃は、全体の1割~2割くらいは携われていたでしょうか。それ以外の時間は、供花など、祭壇以外の商品作成に従事していました。
しかし、その後は社内事情もあり、完全に設営現場側へ。
緊急時に、臨時に作成に入ることはあれど、気づけば、祭壇作成から離れることが多くなりました。
祭壇作成は、葬儀のお花の仕事の中でも華のある分野。いい仕事ができれば、充実感もひとしおです。
そんな中、昨日。
いくつかの偶然と幸運が重なり、筆頭技術者の方と一緒に、中規模祭壇を作る機会をいただきました。
しかもその方、私より年齢は一回り近く若い。
でも、作業が始まってすぐ、私は思いました。
「あ、この人、本当にすごい」
祭壇作成には、大きく分けて、
・菊ラインを作る工程
・マムや小菊で面を形成し、グラデーションを整える工程
・色花で仕上げる工程
などがあります。
そのすべての工程で、私は複数の指摘やアドバイスを受けました。
ただ、不思議だったんです。
言われた内容そのものは、実は一つも新しいものではなかった。
「そんな考え方があったのか!」
というより、
「ああ、確かにそうだった」
「そう教わったこと、昔あったな」
そんな感覚に近かったんです。
なのに。
なぜか、雷に打たれたような衝撃がありました。
理由は単純でした。
その方は、これまで私が出会ってきた技術者の中でも、おそらく最も技術が高く、なおかつ、自分の感覚を“相手が再現できる形”で言語化する能力が、圧倒的だったんです。
彼の、卓越した言語化スキルに助けられ、仕上がった祭壇がこちら。

職人の世界って、技術が高い人ほど無口だったりします。
「見て覚えろ」
「やって覚えろ」
そういう世界も、確かにあります。
だから、技術力と説明能力が必ず比例するとは限らないと思います。
ただ逆に。
技術がまったくない人が、一流の技術を、相手が再現できるレベルまで言語化できるかというと、それはたぶん不可能ですよね。
つまり。
ある技術を余すことなく言葉にできるというのは、実は“本当に理解している”証なんだと思ったんです。
これ、FXにもそっくりだなと思いました。
FXでも、
「手法を理解したつもりなのに勝てない」
「検証しているのに再現できない」
「ルールを守れない」
「エントリーの根拠が曖昧になる」
そんな悩みを抱えている方は多いと思います。
私自身も、長いことそうでした。
ロジックを学ぶ。
動画を見る。
テキストを読む。
頭ではわかった気になる。
でも、実際の相場になると崩れる。
これは多くの人が経験することではないでしょうか。
私は今回の出来事で、「理解」というものには段階があるのだと、改めて実感しました。
たぶん、技術習得って、こんな流れなんですよね。
①話を聞いて、頭で理解する
②繰り返し練習して、身体に落とし込む
③自力で再現できる
④それを言語化し、他人に伝えられる
この4段階。
FXで言えば、
①ロジックを学ぶ
②検証する
③リアルトレードで再現する
④なぜそのエントリーなのか説明できる
こんな感じでしょうか。
実は今回、私が指導を受けた内容って、その場でかなり再現できたんです。
それはなぜか。
一つ一つの技術要素自体は、過去にすでに習得済みだったから。
つまり、基礎力そのものは存在していた。
ただ、それをどう結合するか。
どの順番で、どこを意識して使うか。
そこに理解不足があった。
だから、説明を受けた瞬間に、バラバラだった点が線になったんです。
結果として、本来なら長い練習期間が必要なはずの工程を飛び越え、本番で一気に再現まで到達できた。
仕事とトレードの共通点に関しては、以前、異なる角度から、記事にしたことがあります。
過去に作成した生花祭壇の画像もありますので、箸休めとして、ご覧いただければ幸いです。

これって、FXでもありませんか。
ある日突然、
「あ、だからこの場面は見送るのか」
「あ、この負けトレード、そもそも条件がズレてたのか」
そんなふうに、急に見える瞬間。
でもあれって、ゼロから理解したわけじゃない。
過去に積み上げた検証や失敗が、ある瞬間につながっただけなんですよね。
だから私は最近、「検証って、未来の自分への伏線回収なんじゃないか」と思うことがあります。
その時は意味が分からなくてもいい。
見続ける。
記録する。
言葉にする。
その蓄積が、ある日突然つながる。
FXの再現性って、結局そこなのかもしれません。
講師のエントリーを真似するだけではなく、
「なぜここで入るのか」
「なぜここは見送るのか」
「なぜこれは優位性が崩れているのか」
それを、自分の言葉で説明できるか。
ここが、かなり大きい気がしています。
以前ブログでも書きましたが、私は、
・エントリー前に声に出して確認する
・トレードノートに理由を書く
という作業が、かなり大事だと思っています。
面倒なんですよ。
正直。
でも、言葉にできない理解って、相場のプレッシャーがかかると簡単に崩れるんです。
逆に。
説明できるレベルまで整理されたルールは、感情に飲まれにくい。
FXって、結局のところ、未来予知ではなく、確率と統計に基づいた行動の積み重ねなんですよね。
だからこそ必要になるのが、
・膨大な過去検証
・繰り返しの練習
・実践経験によるパターン認識
そして、そのすべてを曖昧な感覚のまま終わらせず、「言葉」にして整理していく作業なのだと思います。
どんな形が優位性なのか。
どんな相場では見送るのか。
なぜその場面は期待値があるのか。
そこを徹底的に言語化していく。
すると不思議なもので、少しずつ、自分のルールに対する信頼感が変わっていくんです。
もちろん、FXに絶対はありません。
でも、「この形を、長い検証で何度も見てきた」という感覚は、トレード中の迷いをかなり減らしてくれます。
だから最終的には、
ルール合致の形を、ただ静かに待つ。
そして、自分の勝ちパターンが来たら、余計な思考を挟まず、淡々と実行する。
そんな状態に近づいていく。
これは一見すると、
「考えないトレード」
のようにも見えるかもしれません。
でも実際は逆で。
徹底的に考え抜き、検証し、言語化し尽くした先にある、“迷わなくて済む状態”なのだと思います。
でも、「負けても崩れない人」って、たぶんここが強い。
理解を言語化できている。
だから、一回の損失で世界が壊れない。
今回、若い筆頭技術者の方と作業しながら、私は何度も感動していました。
技術差は当然ある。
でも、「もっと良いものを作りたい」という哲学を共有できている感覚があったんです。
男同士で少し気持ち悪い表現かもしれませんが、本当にキラキラした時間でした。
そして、その感覚は、FXにもよく似ていました。
ただ勝ちたいだけじゃない。
再現したい。
理解したい。
崩れない自分になりたい。
そう願って、苦しみながらチャートと向き合っている人は、たぶん少なくないと思います。
もし今、
「勉強しているのに勝てない」
「検証しているのに自信が持てない」
「ルールを守れず自己嫌悪になる」
そんな状態なら。
もしかすると、“理解不足”ではなく、“言語化不足”なのかもしれません。
あなたの中には、すでに積み上がっている基礎がある。
ただ、それがまだ線になっていないだけ。
私は最近、そんなことを思っています。
以前書いたこちらの記事も、今回の内容とかなり深くつながっています。
「感情が悪い」のではなく、
“自分の理解を、自分自身が信じ切れていないこと”が崩れの原因になる。
もし今、トレードのたびに心が揺さぶられているなら、かなり刺さる内容かもしれません。
読み終わったあと、少しだけチャートの見え方が変わるかもしれないので、よければ続けて読んでみてください。

言語化の計り知れない威力を、読者の皆さんが体感するきっかけとなれば嬉しいです。
本日も、お読みいただき、ありがとうございました。

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