先日、しばらく無縁だったある違反をやらかしました。
それは、ちょっとしたマイルール違反でした。
トレード結果自体は、勝ったり負けたりで、たいしたことではありません。
でも、ここのところ妙に頻発していた「あの癖」が、また顔を出したことがずっと気にかかっていました。
それは、私が得意とする形のひとつ。
本来なら「戻りを待って」エントリーすべきところを、ついブレイクで飛び乗ってしまったのです。
師匠は状況によってブレイクで入ることもありました。
でも、私の場合は成功率が著しく落ちる。
だから、自分のルールとして「禁止」にしていた。
なのに、やってしまった。
いったん封印していたはずの動作が、時間が経つとともにまた、氷山のように浮上してきた。
まるで、油断した隙に湧いて出る「本能のバグ」です。
「なんでまたやったんだ?」
以前の私なら、ここで、
「自分は意思が弱い」
「またルールを守れなかった」
と自分を責めて終わっていたと思います。
でも、今は少し違います。
せっかくやらかしたのだから、
「なぜ、私はこのルールを破ったのか?」
そこまで突っ込んでみよう。
そう考えるようになりました。
すると、今回の一件は単なる「ルール違反」ではなく、
自分のルールを、もっと自分に合った形へ磨くための材料
なのだと気づいたのです。
ルール違反は「意思の弱さ」だけでは説明できない
FXを始めた頃、私はルールというものを非常に単純に考えていました。
「○○の時は入らない」
「△△の形だけを狙う」
「損切りはここ」
「この条件が揃わなければ見送る」
紙に書く。
そして守る。
それでいいと思っていました。
ところが、実際のトレードはそんなに簡単ではありません。
頭では分かっている。
守らなければいけないことも分かっている。
それなのに、ある瞬間になると、
「今回くらいなら……」
「ここは行けそうだ」
「今入らないと置いていかれる」
という感覚が出てきて、手が動いてしまう。
そして負ける。
「なぜ、分かっているのにやってしまったんだ?」
そう自分を責める。
でも、それだけでは次の改善につながりません。
なぜなら、
「意思を強くしろ」では、具体的に何を変えればいいのか分からないからです。
そこで私は、少し考え方を変えました。
ルールとは、
ただ「守るもの」ではない。
自分の脳の癖や感情の動きを理解し、
「自分が守れる形に磨いていくもの」
なのではないか。
そう考えるようになったのです。
人間の脳は、いつでも合理的ではない
トレードをしていると、同じ人間なのに自分が別人のようになる瞬間があります。
調子が良くて慢心しているとき。
連敗して焦っているとき。
「そろそろ勝たせてくれよ」と心が騒いでいるとき。
含み益が伸びて、
「もっと取れるんじゃないか?」
と思っているとき。
逆に含み損になって、
「ここから戻るかもしれない」
と損切りをためらうとき。
普段なら冷静に判断できることが、急に難しくなる。
私の場合は、
「早く乗りたい」
という衝動があります。
今回も、少しうまくいって、
「あれ? 別に戻りを待たなくても行けるんじゃね?」
という感覚が、いつの間にか入り込んでいました。
そこから、エントリーが少しずつ雑になっていた。
つまり、
「ブレイクで飛び乗った」
という一回の行動だけを見ていては、本当の原因は見えません。
その前段階に、
慢心。
自信。
焦り。
期待。
「もう大丈夫」という思い込み。
そういったものが積み重なっていたのです。
だからこそ私は、
ルール違反が起きた瞬間だけを見るのではなく、その直前から自分の心と行動を振り返る
ことが大切だと思うようになりました。
「なぜ?」と突っ込むと、ルール違反の正体が見えてくる
例えば今回なら、
「なぜブレイクで入った?」
↓
早く乗りたかった。
「なぜ早く乗りたかった?」
↓
ここから伸びると思った。
「なぜ、そう思った?」
↓
最近、似た形がうまくいっていた。
「なぜ、自分のルールよりその感覚を優先した?」
↓
「もうこの癖は克服した」と思っていた。
こうやって一つずつ突っ込んでいくと、
単なる「ルール違反」が、
自分の中で何が起きていたのか
という話に変わってきます。
そして、ここまで分かって初めて、
「じゃあ、次はどうする?」
と考えられる。
私はこの作業を非常に大切にしています。
なぜなら、
ルールを守れなかった事実より、その理由を知らないまま終わることのほうが怖い
と思うからです。
繰り返して気づいた3つのパターン
今回、そしてこれまでのルール違反を振り返ってみると、私には大きく3つのパターンがありました。
① 本能のクセ――焦りや慢心が増すと再発する
どれだけトレード経験を積んでも、「動物としての脳」がなくなるわけではありません。
私の場合、
「早く乗りたい」
という衝動があります。
普段なら、
「いや、待て」
と止められる。
ところが、焦っていたり、逆に調子に乗っていたりすると、そのブレーキが弱くなる。
すると、昔の癖が顔を出す。
これは私は「脳のワイヤリング」の問題に近いのではないかと思っています。
過去に何度も繰り返した行動は、それだけ自分の中で起こりやすくなっている。
だから、
「もう克服したから大丈夫」
ではなく、
「条件が揃えば、この癖はまた出てくるかもしれない」
くらいに考えておく。
そのほうが現実的なのです。
② 未定着なのに「定着した」と思い込む
これも非常に厄介です。
「もうこのルールは普通にできるようになった」
そう思う。
すると、マイルール表から外してしまう。
ところが、しばらく経つと再発する。
つまり、
まだ自分の中に完全に染み込んでいないのに、勝手に「卒業」していた。
今回の私も、これに近かったのだと思います。
「戻りを待つ」ということが、ある程度できるようになった。
だから、
「もう大丈夫だろう」
と思っていた。
でも、大丈夫ではなかった。
これは、
「自分は成長していない」
という話ではありません。
むしろ、
「このルールは、まだ自分にとって意識的に管理する必要がある」
という情報が得られた。
そう考えることができます。
③ そもそも、そのルールが腑に落ちていない
もう一つあります。
ルールの必要性を、頭では理解している。
でも、心のどこかでは、
「でも、ここは入ったほうが取れるんじゃない?」
と思っている。
この状態では、いずれどこかで破ります。
人間は、納得していないことを延々と徹底するのが苦手だからです。
だから、
「ルールだから守れ」
だけでは足りない。
「なぜ、このルールが自分には必要なのか?」
まで腑に落とす。
ここが非常に重要だと思っています。
ルールは「正しいもの」を作れば終わりではない
ここからが、今回の記事で一番伝えたいところです。
FXでは、
「正しいルールを作ろう」
と考えます。
もちろん、それは大切です。
でも、
正しいルールと、自分が守れるルールは、必ずしも同じではありません。
例えば、
「損切りを絶対に動かさない」
というルールがある。
ところが、損切りが近づくたびに熱くなって動かしてしまう。
そこで、
「もっと強い意志で守ろう」
と考えても、なかなか改善しない。
だったら、
エントリーしたらチャートを見ない
という仕組みに変えてしまう。
あるいは、
「損切り注文を入れたら、その後はパソコンを閉じる」
という方法でもいい。
これはルールを甘くしたのではありません。
むしろ、
自分が守れるようにルールを設計し直した
のです。
ここは非常に大切な違いです。
「自分に合うルール」と「都合のいいルール」は違う
ただし、
「自分が守れるルールにすればいい」
という言葉には注意も必要です。
「守れないから、ルールを緩くしよう」
では意味がありません。
例えば、
検証上はエントリーすべきではない場面なのに、
「自分はここで入りたいから」
とルールを変更する。
これは「自分に合うルール」ではなく、
欲望に合わせてルールを曲げているだけ
です。
ルールを磨く時には、
「自分が守れるか」
だけではなく、
「そのルールに期待値上の根拠があるか」
も必要です。
だから、
検証による裏付け。
↓
自分の心理的な特性。
↓
実戦での再現性。
この3つを見ながら、
「自分が守れて、なおかつ期待値を取りにいける形」
へ近づけていく。
これが、私の考える「ルールを磨く」ということです。
ルールは「完成品」ではなく「成長とともに変化するもの」
最初から完璧なルールを作る必要はありません。
むしろ、
ルールを作る。
↓
実戦で使う。
↓
守れない。
↓
なぜ守れなかったのか調べる。
↓
自分が守れる形に修正する。
↓
再び使う。
↓
また問題が出る。
↓
さらに磨く。
この繰り返しです。
つまり、
ルールは完成品ではない。
自分のトレード経験に合わせて、少しずつ形を変えていくものです。
だから、ルール違反をした時、
「また破った」
だけで終わらせてしまうのは、少しもったいない。
そこには、
「今の自分には、このルールの設計では足りない」
という情報が隠れているかもしれないからです。
ループは「成長していない証拠」ではない
私のルール違反のストーリーは、こんな感じです。
ルールを守れるようになる。
↓
余裕が出る。
↓
「もう大丈夫」と思う。
↓
ルールを外す。
↓
時間が経つ。
↓
いつの間にかやらかす。
↓
ルールを復活させる。
↓
また守れるようになる。
↓
また別の問題が出てくる。
一見すると、
「全然成長してないじゃん」
と思うかもしれません。
でも、今の私は少し違う見方をしています。
このループを繰り返すたびに、
「自分はどんな時に崩れるのか」
が分かってくるからです。
・どんな感情状態でルール違反が起こるのか
・どのルールがまだ定着していないのか
・どのルールが自分に合っていないのか
・どこをシンプルにすれば守りやすくなるのか
・どんな環境なら感情に邪魔されにくいのか
少しずつ、自分の「取扱説明書」ができてくる。
だから私は、
このループは、退化ではなく、ルールが自分に合った形へ収斂していく過程なのではないか
と思っています。
与沢翼氏の「一人突っ込み」と同じ構造
ここで、私が以前から興味深いと思っている考え方があります。
与沢翼氏の著書『ブチ抜く力』で紹介されている、
「一人突っ込み」
という考え方です。
一人で突っ込み、一人で反省し、一人で修正する。
そして、それを繰り返すことで物事の本質に近づいていく。
この考え方を知った時、
「これ、自分のトレードと同じじゃないか」
と思いました。
私がやっていることも、
やらかす。
↓
反省する。
↓
「なぜ?」と突っ込む。
↓
自分の脳の癖を見る。
↓
ルールを修正する。
↓
またやらかす。
↓
さらに突っ込む。
という繰り返しだからです。
一回で完璧な答えを出そうとしない。
失敗したら、
「なぜ?」
と突っ込む。
そして、もう一度やってみる。
また問題が出たら、
「じゃあ、今回は何が原因だった?」
と突っ込む。
そうして少しずつ、
「自分にとっての本質」
が見えてくる。
私は、これこそトレーダーとしての「一人突っ込み」なのではないかと思っています。
そして、その先にあるのが、
自分だけのセンターピン
なのではないでしょうか。
ブレイクに飛びついた日が、成長のタネになる
今回のルール違反。
正直に言えば、情けない気持ちはありました。
「またやったのか」
と。
でも、昔の私は、
失敗=自分には才能がない証拠
と考えていました。
今は違います。
失敗は、
「今の自分には、まだ更新する場所がありますよ」
と教えてくれるサインだと考えています。
今回なら、
「戻りを待てなかった」
という事実が分かった。
では、なぜ?
調子が良かったから?
慢心していたから?
早く乗りたかったから?
「もう克服した」と思っていたから?
ここまで分かれば、次にできることがあります。
「戻り待ち」を、もう一度マイルールとして明確にする。
あるいは、
「ブレイクした瞬間はエントリー候補から外す」
と、さらに具体化する。
あるいは、
「最近ブレイク飛び乗りが増えている」
とトレードノートに記録する。
そうすれば、今回の失敗はただの失敗ではなくなります。
ルールを磨くための砥石になるからです。
トレーダーは「本能との共同生活」をしている
トレードというのは、
本能を消すゲームではない
のだと思います。
怖くなる。
欲が出る。
焦る。
悔しくなる。
勝てば調子に乗る。
負ければ取り返したくなる。
これは、人間である以上、完全にはなくならない。
だったら、
本能に勝とうとするだけではなく、
本能が出てくることを前提に、自分のルールを設計する。
そのほうが現実的ではないでしょうか。
私の場合、
「早く乗りたい」という本能がある。
なら、それを前提にする。
だから、
「ブレイクでは入らない」
というルールが必要になる。
そして、それでも破ったなら、
「なぜ破った?」
と調べる。
「最近、調子が良くて慢心していた」
と分かったなら、
「調子が良い時ほど、戻り待ちを意識する」
という仕組みを加える。
こうやって、
本能と戦うのではなく、
本能を知ったうえで共存する。
私は、これもトレーダーとして身につけていくべき技術の一つだと思っています。
自分との約束を守ることが、トレーダーとしての自信になる
そして、もう一つ大切にしたいことがあります。
それは、
自分自身から信用されること
です。
誰かに、
「あなたは優秀なトレーダーですね」
と言われることではありません。
自分が自分に、
「この人なら、決めたことを守ってくれる」
と思えることです。
昨日の自分が、
「この条件以外では入らない」
と決めた。
今日の自分が、それを守る。
昨日の自分が、
「このロットでやる」
と決めた。
今日の自分が、それを守る。
そうすると、
「自分は自分との約束を守れる」
という経験が積み上がっていきます。
逆に、
昨日決めたことを今日の感情で簡単に変える。
それを繰り返していると、
少しずつ自分自身からの信用を失っていきます。
だから私は、
ルールを守ることは、単にトレード成績を守るだけではなく、自分自身との信頼関係を作ることでもある
と思っています。
完璧なルールより「自分に合うルール」
今回の一件を通じて、改めて思いました。
トレーダーとしての成長は、
「正しいルール」に近づく旅ではない。
「自分が守れて、期待値を取りにいけるルール」に収斂していく旅なのではないか。
ブレイク禁止も、戻り待ちの厳守も、
それ自体が絶対的に正しいという話ではありません。
大切なのは、
自分の検証結果と、自分の脳の癖を理解したうえで、自分が再現できる形に落とし込むこと。
そのためには、失敗も必要になる。
反省も必要になる。
そして、何より、
「なぜ?」と自分に突っ込むこと
が必要になる。
これを繰り返していけば、最初は誰かから教えてもらったルールだったものが、少しずつ、
「自分のルール」
になっていくのだと思います。
ルールを磨いていくと、やがてルールはシンプルになる
最初の頃は、ルールがたくさん必要です。
「これはダメ」
「これはOK」
「この時は待つ」
「ここでは入らない」
と、一つ一つ細かく決める。
でも、経験を積んでいくと、
「あれもダメ、これもダメ」
と細かく縛る必要がなくなってくることがあります。
なぜなら、
「自分が崩れるポイント」
が分かってくるからです。
今回の私なら、
「ブレイクに飛びつきやすい」
という自分の性質を知っている。
だったら、チャートを見た瞬間に、
「ここは戻りを待つ」
と判断できる。
つまり、
ルールが増えるのではなく、
自分の中の本質が見えてくることで、むしろルールがシンプルになっていく。
これが、私の考える「収斂」です。
そして、ここから先に知っておきたいことがある
ここまで読んで、
「なるほど。ルール違反をしたら、自分を責めるだけではなく、なぜ破ったのかを突き詰めて、自分が守れる形に磨いていけばいいんだな」
そう感じてもらえたなら、それだけでもこの記事を書いた意味はあります。
でも、ここで一つ、私はどうしても伝えておきたいことがあります。
それは、
「ルールを守れるようになったら、それですべて解決するわけではない」
ということです。
むしろ、トレードを続けていると、その先に別の難しさが出てくる。
少し勝てるようになる。
↓
自信がつく。
↓
余裕が出る。
↓
「もう大丈夫」と思う。
↓
今まで守っていたことを少し緩めたくなる。
↓
もっと利益を取りたくなる。
↓
ロットを上げたくなる。
↓
「今回だけなら」と思う。
こういうことが起こる。
つまり、
「ルールを守れない人」だけが崩れるわけではありません。
一度ルールを守れるようになった人にも、
「自分はもう大丈夫だ」
という新しい危険が待っています。
ここは、私自身が何度も考えさせられたところです。
ルールを磨くことの本当の意味
だから私は、
「ルールを守りましょう」
というだけの記事にはしたくありません。
大切なのは、
自分がどんな時にルールから外れたくなる人間なのかを知ること。
そして、
その自分を前提にルールを作ること。
さらに、
そのルールを守れるようになった時に、自分の中にどんな新しい欲や自信が生まれるのかまで見ておくこと。
ここまで含めて、
「ルールを磨く」
ということなのではないかと思っています。
一つのルールを守れるようになった。
それは素晴らしい。
でも、
「もう自分は大丈夫」
と考えた瞬間に、別の落とし穴が現れるかもしれない。
だからこそ、
「自分は、今どの段階にいるのか?」
を定期的に見直す。
私はこれが、長くトレードを続けるうえで非常に重要だと思っています。
だからこそ、もう一段深く知ってほしい
ここまで読んできたあなたに、最後に一つだけ問いかけたいと思います。
もし今、
「ルールは以前より守れるようになった」
「昔よりトレードも安定してきた」
「以前ほど感情的にならなくなった」
そう感じているとしたら。
そこで終わって大丈夫でしょうか。
むしろ、
「勝てるようになってきた自分だからこそ、何に気をつけなければならないのか?」
を知っておいたほうがいいのではないでしょうか。
なぜなら、
勝てない時には「負けるのが怖い」という感情が出る。
でも、勝てるようになってくると、
「もっと勝ちたい」
「この利益を伸ばしたい」
「今ならもっとロットを上げても大丈夫なのでは?」
という、別の感情が出てくるからです。
そして、その感情は、
ルール違反。
ロットの変化。
無駄なエントリー。
取り返したい気持ち。
過信。
といった形で、少しずつトレードに現れてくる。
つまり、
「ルールを守れるようになった後」にも、トレーダーには次の壁がある。
私は、自分自身の経験からそう感じています。
その「次の壁」を、私は別の記事にまとめました
ここまでの記事で私が伝えたかったのは、
「ルールを破るな」
という単純な話ではありません。
そうではなく、
ルール違反をしたら、自分を責める前に「なぜ?」と突っ込んでみる。
そして、
自分の脳の癖を知る。
自分が崩れる条件を知る。
検証上の根拠を確認する。
そのうえで、
自分が守れる形へルールを磨いていく。
ここまでが、今回の記事の話です。
でも、ここまで理解すると、今度は次の疑問が出てくるはずです。
「では、ルールを守れるようになって、少し勝てるようになった人が、それでも一瞬で崩れてしまうのはなぜなのか?」
私は、この問いを知っておくことには大きな意味があると思っています。
なぜなら、
「自分はまだ勝てていないから関係ない」
とは限らないからです。
むしろ、
「あと少しで安定できそう」
というところまで来た人ほど、そこで自分の中に生まれた自信や欲に足をすくわれることがあります。
ルールを破る。
ロットを変える。
取り返そうとする。
「今までできていたから大丈夫」と思う。
こうした小さなズレが、どうやって大きな崩れにつながっていくのか。
そして、
なぜ「勝てるようになりかけた時期」が危険なのか。
私はそこを、もう一段深く知っておいてほしいと思っています。
だから、もしこの記事を読んで、
「自分も、まさにここから崩れそうな気がする」
「ルールを守ることの意味は分かった。でも、その先が怖い」
「勝てるようになった後に何が起こるのか知りたい」
そう感じたなら、ここから先はぜひ読んでみてください。
負けると反省し、ルールを見直してきた。
そんな歴史を何度も何度も積み重ね、勝てる感覚をつかむことができた。
にもかかわらず、
人はなぜ崩れるのか…この根源的な疑問を、もう一段深く理解するためです。
今回の記事で、
「自分に合うルールを作る」
という視点を持った。
その次は、
「そのルールを守れるようになった自分が、それでもなぜ崩れるのか」
を知る。
この二つを合わせて考えることで、トレードとの向き合い方は、かなり違って見えてくるはずです。
「勝てない人の話」ではありません。
むしろ、
「あと一歩のところまで来た人が、なぜそこで崩れてしまうのか」
という話です。
ルール違反、欲、ロット、過信、感情。
今回の記事で触れたものが、そこで一本につながっていきます。
もし今のあなたが、
「自分はもう少しで安定できそうなのに、なぜか崩れる」
というところにいるなら。
その「なぜか」を、放置しないでください。
ルールを磨いた、その先に何が待っているのか。
そこまで知っておくことも、トレーダーとして自分を守るための準備になると思います。

今日のまとめ
今回、私は久しぶりにルール違反をしました。
本来なら、
「またやってしまった」
で終わる話だったかもしれません。
でも、
「なぜ?」
と突っ込んでみた。
すると、
自分の脳の癖が見えた。
まだ定着していない部分が分かった。
自分が油断するタイミングも分かった。
そして、
「このルールは、もう一度意識しておこう」
と修正することができた。
だから今では、
失敗したことそのものより、失敗から何も学ばないことのほうが怖い
と思っています。
ルール違反をした。
なら、突っ込む。
なぜ?
何が起きていた?
どんな感情だった?
どこからズレ始めた?
どうすれば次は守れる?
そして、必要ならルールを磨く。
これを繰り返す。
与沢翼氏のいう「一人突っ込み」という考え方と重ねてみると、これはまさに、
トレーダーとしての自分だけのセンターピンを探す作業
なのだと思います。
ルールは完璧でなくていい。
最初から完成していなくてもいい。
大切なのは、
自分が守れて、なおかつ期待値を取りにいける形へ、少しずつ磨いていくこと。
そのために、失敗する。
反省する。
記録する。
考える。
修正する。
また実践する。
その繰り返しです。
そして、そこで終わりではありません。
ルールを守れるようになった。
少し勝てるようになった。
自信がついてきた。
その時に、
「もう自分は大丈夫」
と思わないこと。
むしろ、
「今の自分には、次にどんな危険があるだろう?」
と、もう一度自分に突っ込んでみる。
私は、それも「一人突っ込み」の一部なのだと思っています。
トレーダーは、本能を消すことができません。
だからこそ、
本能との共同生活を覚えていく。
ルールを守れなかった自分も見る。
ルールを守れるようになった自分も見る。
そして、勝てるようになったことで生まれる新しい欲や過信も見る。
そのすべてを含めて、
少しずつ自分というトレーダーの取扱説明書を作っていく。
それが、長く相場に残るための一つの道なのではないでしょうか。
もし今日、ルール違反をしてしまった人がいるなら。
自分を責めるだけで終わらせなくてもいいと思います。
その違反は、
「あなたは、まだ自分自身について知らないことがありますよ」
と教えてくれているのかもしれません。
トレードノートに、その日の行動と感情を残してみてください。
「何をしたか」だけではなく、
「なぜそうしたのか」
まで書いてみる。
それを積み重ねていけば、いつか、
「自分が崩れる時には、こうなる」
というパターンが見えてくる。
その時、ルールは単なる禁止事項ではなく、
自分を守るための、自分だけの仕組み
になっていくのだと思います。
そして、その先にある、
「勝てるようになった自分は、それでもなぜ崩れるのか?」
という問い。
もしそこまで知りたくなったなら、ぜひもう一歩だけ先へ進んでみてください。
知りたいと思ったこの瞬間が、最も行動力が高まっている状態です。
この記事が、あなたが覚醒するきっかけになることを願っています。

本日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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