エントリーしない勇気が、勝ち続ける心をつくる ― “無心”に至るまでの道のり

思考の整理と覚醒
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苦節10年、ようやく勝てるようになった兼業FXトレーダー。家庭の事情がきっかけで様々な情報商材に飛びつき、まったく稼げないばかりか、教材費を中心に総額250万円ほどの損失をこうむる。2年ほど前から勝てるようになり、失ったお金の回収にようやくめどが立ってきたところ。派手な生活は望んでいませんが、持病を抱えているので、FXで稼いだお金で、欲しい健康食品を常に取り入れるなどして、薬に頼りすぎない体づくりに努めています。それでもお金に余裕がある時などは、趣味である将棋用品にお金をかけてみたりってことも…。ほぼ休みなしで駆け抜けた期間が長いので、これからはちょっとした国内旅行や、動物の飼育、友人や家族とおいしいものを食べに行くなどして、心豊かに人生を送れればと思っています。そのために、これからも地道にトレードを積み重ねていきます。

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本気で勝ちたいからこそ、苦しかった

前回のブログでは、「勝ちたい」という気持ちが強すぎるあまり、エントリーしたい衝動が抑えられなくなる自分をどう扱うか、という話をしました。

あの頃の私は、チャートを開くたびにそわそわしていました。
「今日は入れるかな?」
「チャンス、ないかな?」

エントリーすることが前提。
入らないと、置いていかれる気がする。
何もしない時間が、なぜか敗北のように感じる。

でも冷静に振り返ると、私は“トレード”をしていたのではなく、“エントリー”をしていただけでした。

仕事は本来、
・環境認識をすること
・優位性を測ること
・リスクを管理すること

つまり「判断」こそが仕事だったはずなのに、
いつの間にか“ポジションを持つこと”が目的になっていたんですね。


入らない理由を探すという180度の転換

そこから、私は意識的にこう考えるようにしました。

「入る理由」ではなく、「入らない理由」を探そう。

チャートを開いたら、まず
・今はレンジのど真ん中ではないか
・上位足と逆行していないか
・ボラが不十分ではないか
・大衆が飛び乗りたくなる形ではないか

とにかく“エントリーしてはいけない局面”を探す。

すると不思議なことが起きました。

エントリーしないことが、だんだん楽しくなってきたのです。

「今日も1回も入らずに済んだ」
「ここで入らなかった自分、偉い」

そんな小さな積み重ねが、妙にうれしい。

私はトレードノートをつけていますが、ノーエントリーだった日も、「今日、入らなかった場面」を書き留め始めました。
いつエントリー“しない”か。
その記録が増えていくことが、勝ちに等しい喜びになっていったのです。なぜなら、資金が減らないわけですから。


勝ちよりも“成長”が気持ちいい

この感覚を言語化してくれたのが、プロゲーマーの梅原大吾氏の著書『勝ち続ける意思力』でした。

彼はこう言います。

勝負に勝つことよりも、対戦中に小さな発見や成長を感じる瞬間が一番気持ちいい。

これを読んだとき、鳥肌が立ちました。

私はずっと「勝つこと」を目的にしていました。
でも本当に満たされる瞬間は、

・無駄打ちを我慢できたとき
・冷静な判断ができたとき
・自分の弱さに気づけたとき

だったのです。

梅原氏は、勝ったときの喜びは「60/100くらいでいい」と言います。
大喜びも、大落胆も、成長の邪魔になる。

これ、FXでもまったく同じですよね。

大勝ちするとロットを上げたくなる。
大負けすると取り返したくなる。

感情の振れ幅が大きいほど、次の判断は歪みます。


無表情の理由

梅原氏は「対戦中は完全に無表情」と言われるそうです。

それは、人の目を気にしていないから。
勝ちに固執していないから。

ただ純粋に、自分のプレイと向き合っている。

周囲に「勝ちたい」という執着を見せた瞬間、人は脆くなる。
これは彼自身や、対戦相手の例からも語られています。

私は思いました。

「トレード中、私は誰に勝とうとしていたんだろう?」

市場?
他のトレーダー?
SNSの誰か?

本当は、ただチャートと向き合えばよかったのに。


快・不快から離れるという境地

もう一冊、衝撃を受けたのが
オイゲン・ヘリゲル著『弓と禅』でした。

そこにはこう書かれています。

・射に失敗しても腹を立てない
・うまくいっても喜ばない
・快、不快の往来から離れよ

そしてこうもあります。

弓と矢と的と私とは、分けることができない。

これをFXに置き換えると、

トレーダーとチャートと大衆心理と、その向こうの投資家たちは分けられない。

私がチャートを見ているのではなく、
私は市場の一部として、そこに参加している。

この感覚を少しでも体験すると、
「勝ちたい」という個人的な欲望が、少し薄まる気がします。


生と死が一つであるという覚悟

『弓と禅』には、剣の達人の話も出てきます。

生と死が根本から一つであると悟った者は、
恐怖から自由になる。

これを読んだとき、私はこう感じました。

エントリーしない形を探し続けると、
“ポジションを持たない自分”を受け入れられる。

損失も利益も、同じ市場の一部。
勝ちも負けも、同じプロセスの中にある。

そのとき初めて、
エントリーへの衝動から少し解放されるのかもしれません。


無心の「離れ」

弓道では、正射は無心の「離れ」によって得られると言います。

小手先の技術ではなく、
とことん稽古した先にしかない。

FXも同じですよね。

・インジケーターを増やす
・手法を渡り歩く
・聖杯を探す

それで得られるのは一時的な安心だけ。

本当に必要なのは、

・入らない理由を探す習慣
・感情の振れ幅を小さくする姿勢
・勝ち負けを副産物と捉える視点

この地味な稽古の積み重ね。


体系化してみると

ここまでを整理すると、私なりにこうなります。

① 勝ちたい衝動を自覚する

抑え込むのではなく、「あ、今入りたいんだな」と気づく。これ、声に出すとなお効果的です。

② 入らない理由を探す

エントリーではなく、判断を仕事にする。

③ 記録する

“入らなかった場面”をノートに書く。

④ 快・不快から距離を取る

勝っても60点、負けても学び。

⑤ 無心を目指す

特定の結果に執着せず、ただプロセスに適応する。


まだ途中だけど、それでいい

正直に言えば、私はまだ完全な無心には程遠いです。

連敗すればザワつくし、
大きく取れれば少しニヤけます。

でも、昔のように
「入らなきゃ」「勝たなきゃ」
と焦ることは、ずいぶん減りました。

エントリーしない局面を探すことが、
今では少し楽しい。

勝ち続けるとは、
毎回勝つことではなく、

衝動に振り回されない日を、1日ずつ積み重ねること

なのかもしれません。

もし今、
「わかっているのに入ってしまう」
と悩んでいるなら、

明日はぜひ、
エントリーしないポイントを探してみてください。

それをノートに1行書くだけでいい。

もしかしたらその1行が、
無心への小さな一歩になるかもしれません。

私もまだ、その途中です。

本日も、お読みいただき、ありがとうございました。

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苦節10年、ようやく勝てるようになった兼業FXトレーダー。家庭の事情がきっかけで様々な情報商材に飛びつき、まったく稼げないばかりか、教材費を中心に総額250万円ほどの損失をこうむる。2年ほど前から勝てるようになり、失ったお金の回収にようやくめどが立ってきたところ。派手な生活は望んでいませんが、持病を抱えているので、FXで稼いだお金で、欲しい健康食品を常に取り入れるなどして、薬に頼りすぎない体づくりに努めています。それでもお金に余裕がある時などは、趣味である将棋用品にお金をかけてみたりってことも…。ほぼ休みなしで駆け抜けた期間が長いので、これからはちょっとした国内旅行や、動物の飼育、友人や家族とおいしいものを食べに行くなどして、心豊かに人生を送れればと思っています。そのために、これからも地道にトレードを積み重ねていきます。

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