FXで「この日を境に勝てるようになった」と、はっきり言える人は、実はあまり多くない。
私自身もそうだし、SNSなどで発信しているトレーダーを見ても、「いつから勝てるようになったかは明示できない」と言う人は少なくないです。
ただし、不思議と共通しているのは、
負けが劇的に減った
エントリーが減った
その結果として、お金や精神的な余白が残るようになった
という変化を語る人の多さです。
私の場合、その転換点は今でもはっきり覚えています(勝てるようになった境目ではない)。
あるとき、ふっとこう感じたんですね。
「これは……入らなくていいな」
「待っている自分のほうが、なんだか楽だな」
今思えば、ですが、その瞬間、頭の中で何かが切り替わったのだと思います。
それまでの私は、「何とか入れないか」「可能性のある形はないか」と、血眼になってチャートを見ていました。
時間足を短くし、理由を探し、無理やり正当化してエントリーする。
そんな時はあてが外れることも多く、正直、ものすごく息苦しかったです。
今思えば、あの頃の私は、相場にこびへつらっていたんだなと…。
「どうか利益を恵んでくれぇ」と、しがみつくような姿勢でした。
それが変わった。
悟ったあと、私の中に現れたのは、
「相場が歩み寄ってきたときだけ、仕方ないから入ってやるか」
という、妥協のない、少しだけ不遜な自分だった。
この“毅然とした自分”を作るためにこそ、
決めた形(チャートパターン)があり、
時間帯・通貨・売買方向・時間足といったテーマ別の絞り込みがありました。
ルールは、エントリーするためではなく、入らない自分を守るためにあるのだと、ようやく腹でわかった。ここがシンプルかつ厳格でないと、何かと理由をつけて、エントリーできるかを審査する”関所”を突破してくるんですよね。相場へのすり寄り、そしてポジポジ体質の完成です。
不思議なことに、
勝ち方も、期待値を追うという考え方も、頭ではずっと前からわかっていたんですよ。多分相場3年目くらいには…。
それでも、この心境に到達するまでには、どうしても大きなタイムラグがありました。
ここで、ひとつ大事な話をしておこうと思います。
「知っている」と「腹に落ちる」は、処理系が違う
知識としてわかっている段階。
これは主に、言語や論理、前頭前野で処理されています。
一方で、腹に落ちるというのは、
感情、身体感覚、無意識──
いわば、神経系そのものが書き換わった状態。
「あ、これは入らなくていい」
「待っている自分のほうが自然だ」
と、反射的に感じるようになる。
FXで本当に勝敗を分けているのは、間違いなく後者だと思います。
逆説的ですが、この状態に駆け足で到達するコツが一つだけあります。それは、チャートを見た瞬間に、簡単か、難しいか、を判断し、簡単、と感じた形以外を容赦なく切り捨てるんです。そうですね…5秒以内くらいに。
それで、過去にも勝った、あるいはいいトレードができた形と近ければ、とっさに、脳があっ!!と反応するはずです。そして、それは、もれなく、簡単だと感じるでしょう。著名なトレーダーの人たちは、おそらく、難しいところは切り捨て、自分で簡単だと思うところだけでトレードしているから、安定して勝てているのだと思うので、この訓練をすれば、その人たちの境地に最短で到達することにつながります。だって、難しいところは、だれが見たって難しいと感じるはずですし、そのような局面は、おのずと、勝率の低い場面だと思うので。
なぜFXは、ここまで時間差が大きいのか
では、なぜ、頭でわかっていても、腹落ちする(行動が伴う)までに時間的なずれが生じるのか、考えてみたいです。理由はいくつかあると思います。私個人の経験から言いますと、
① わかっていても、やらないと損した気になる構造
② 何百回、何千回という体験データが必要
③ 勝てるようになるほど、「入らない判断」が増える
この3つが作用しているのではないかと思います。
私自身の(負けていた頃も含め)トレードを振り返ってみますと、完全な鉄板形なんて、正直全体のエントリーの1/3程度だと思います。残りの2/3は、鉄板形とは必ずしも一致しないが、根拠が複数あり、いけそうだと思った形だったり、リスクが少し高いと感じつつも「理由」をつけられる、いわば“微妙な形”。
負けていた頃の私は、その2/3の”非鉄板形だが優位性がある形”や、”微妙な形”を「入れる理由」で必死に正当化していた。
だからこそ、トレーダーとしての脱皮は、
「入らない判断」を主戦場にするところから始まる。
これはここが自信ないから入らない形ね、
ここも、形にはなっているけど上位足が天井圏でとても怖くて入れないな
ここは上位足と逆行しているしRRも悪いから見送りだな
こうした、非鉄板形や、微妙(=リスク高め)な形に入らない判定を下すことが、正解であるとの認識に立ち、入らない形を待つ心境でチャートを監視する姿勢に、気がついたらなっていました。
ここを体が理解するまで、私はとてつもなく時間がかかりました。
私に起きた質的変化の正体
ここで、私自身の変化を深掘りしてみたいと思います。
ビフォア(知識段階)
・鉄板形を待つべきだと知っている
・でも、入らないのは苦しい
・我慢している感覚が強く、見切り発車してしまう
アフター(腹落ち段階)
・入ってはいけない形が、先に目に入る
・回避=正解、という感覚
・入らないことが正解なのだから、正解を見抜いてストレスフリーとなり、「楽」「自然」
・むしろ、入ることのほうがイレギュラーだから、ストレスを感じる。
ここで、価値の反転が起きました。
「エントリー=行動」
「エントリーしない=チャート確認でまず求められる高度な判断」
この反転こそ、脳ではなく神経系が書き換わったサインだと私は思っています。
なぜ「説明できない」と感じるのか
腹落ちは、直感的だったり感情的だったり、身体的だったりといったレベルで起きるので、言語より下の階層で起きる、と言うことができると思います。
だから、
理由を言葉にしようとすると、どうしてもズレる。
でも、判断は明らかに速く、静かで、確信がある。考える前に、感じている、といったところでしょうか。
これは、経験そのものや、経験に裏打ちされた勘によって、論理を超越して体が反応する、職人や武道、稽古事の世界とまったく同じでもあります。以前ブログでご紹介した、滑り止めで東大理科Ⅲ類に合格した人の勉強法の話とも、不思議と符合するものがあります。
いまの私は「環境を監査するトレーダー」
以前の私は、エントリーを探すトレーダーだったと、断言できます。
でも、いまは違います。
環境を監査し、難しい、簡単、わかる、わからない、を区分け、そして、
「ここは何もしない」と判定を下すことが仕事、と思えるようになりました。
その結果、
・トレード数は減る
・メンタルは安定する
・勝率より、ミスの少なさが軸になる
そして、何もしない時間が増えました。
もし今、あなたが
「わかっているのに、できない」
そうした霧の中にいるなら、全然気にする必要はないし、これから変えることができます。だから、大丈夫です。
それは、あなたが間違っているからじゃないです。
頭でわかっている事柄に対して、まだ、カラダが追いついていないだけなのです。
霧が晴れる瞬間は、もちろん、ただぼーっと待っているだけではおとずれません。しかし、勝ちも負けも経験し、検証で得意な形も不得意な形もたくさん知り、それらのパターンが脳内に蓄積されていく中で、ある日(非言語領域での理解が進んだ瞬間)、ふっと訪れる。
そのとき、世界の見え方が静かに、そして確実に変わりますから。
ご案内
自分が今、トレードをし続けられているのは、この先生のおかげだと思っています。
聖杯探しに疲れ果てた私が、ようやく「これだ」と思えた教材です。
遠回りしたからこそ刺さる、シンプルさの中に詰まった“勝ち続ける本質”。
私自身何度も見返し、学ぶたびに新たな気づきを得てきました。──メンタル崩壊とも無縁の実戦バイブルです。とてもお安くあり得ないコスパなので、良かったらお手に取ってみてください。

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