先日、しばらく無縁だったある違反をやらかしました。
それは、ちょっとしたマイルール違反でした。――トレード結果自体は、勝ったり負けたりで、たいしたことではなかった。でも、ここのところ妙に頻発していた “あの癖” がまた顔を出したことがずっと気にかかっていた。
それは、私が得意とする形のひとつで、本来は「戻りを待って」エントリーすべきところを、ついブレイクで飛び乗ってしまったこと。
師匠は状況によってブレイクで入ることもあったが、私の場合は成功率が著しく落ちるので「禁止」していた。
なのに、である。
いったん封印していたはずの動作が、時間が経つとともにまた、氷山のように浮上してきた。
まるで、油断した隙に湧いて出る “本能のバグ” みたいに…。
ルール違反は「意思の弱さ」ではない
ルールって、紙に書けば簡単。
「○○の時は入らない」「△△の形だけを狙う」「損切りはこの位置」……。
でも、人間の脳はそんなに素直じゃないことも、経験で幾度となく思い知らされました。
私が最近ひしひしと感じるのは、
ルールとは “守るもの” であると同時に、 “脳という野生動物を知り、共存のすべを探るプロセス” だということ。
つまり、
ルール違反は意志の弱さではなく“脳の本能” が勝手に反応して起きるもの
というほうが正確に近い。
・調子が良くて慢心しているとき
・連敗で焦りが溜まっているとき
・思い込みが強くなっているとき
・「そろそろ勝たせてくれよ」と心が騒いでいるとき
このへんの “感情の揺れ” によって、普段は抑え込んでいるはずの癖が、ふっと表に出てくる。
私のやらかしは、まさしくその典型だった。ちょっとうまくいって、あ、別に待たなくても行けんじゃね?とある時から思うようになり、知らず知らず、エントリー自体が雑になっていました。
■ 繰り返して気づいた3つのパターン
今回、そしてここ最近の一連のルール違反を振り返ってみて分かったことがある。
① 本能のクセ:焦り・慢心が増すと再発する動作
どんなにトレード経験を積んでも、“動物としての脳” は変わらない。
私の場合、「早く乗りたい」という衝動が、焦りや過信によって刺激されると、ブレイクに飛びつきやすいクセが露呈する傾向がありました。
これは能力の問題ではなく、脳のワイヤリング (脳のニューロン同士が、シナプスを介してネットワークを脳内に形成する接続パターンのこと)の問題だと思います。変な接続パターンが構築されているから変なアウトプットとなる。そこにメスを入れる感覚で自分の行動を分析するんです。
② 未定着なのに「定着した」と思い込む動作
例えば、
「もうこのルールは当たり前にできるようになった」と思い込み、
マイルール表から削除した途端に再発する。
“まだ染み込んでいないのに、勝手にゴール扱いしてしまう”
この錯覚が一番厄介だ。
③ そもそも腑に落ちていない動作
ルールの必要性が心では理解できていない場合、
「気に入らないから守らない」という反発が無意識で起こる。
人間は納得していないことは徹底できない。
縛られている感覚のままでは、ストレスと反抗が生まれ、必ずどこかで破綻する。
■ ループは「成長の証」
私のルール違反のストーリーは、こういう流れだ。
ルールを守れるようになる
→ 余裕が出る
→ ルールを外す
→ 時間が経つ
→ いつの間にかやらかす
→ ルールを復活
→ また守れるようになる
→ また外す
→(以下ループ)
一見すると「成長してないじゃん」と思われるかもしれない。
でも違う。
このループを繰り返しているうちに、以下のような “脳の取扱説明書” がどんどん明確になる。
・どんな感情状態のときにルール違反が起こるのか
・どのルールがまだ定着していないのか
・どのルールが実は自分に合っていないのか
・どこをシンプル化すれば本能に勝ちやすいのか
つまり、
ループは退化ではなく、ルールの“収斂(しゅうれん)”が進むプロセスなのだ。
与沢翼氏の「一人突っ込み」と同じ構造
与沢翼氏の著書『ブチ抜く力』の中に、こんな一節がある。
「頭が良いとは、本質をつかむ力である」
そして本質に迫るために
“一人突っ込み” を徹底せよ。
一人で突っ込み、一人で反省し、一人で修正する。
これを延々と繰り返すことで、物事の中心点――“センターピン” が見えてくると説いている。
私がやっているルールの収斂も、まさにこの「一人突っ込み」の連続だ。
やらかす
→ 反省
→ なぜかを突っ込む
→ 脳の癖と向き合う
→ シンプルに作り直す
→ それでもまたやらかす
→ さらに本質が見える
このプロセスこそ、
トレーダーとしての自分だけの“センターピン”を見つける旅
そのものだ。
ブレイクに飛びついた日が、実は成長のタネになる
今回のルール違反。
正直、情けない気持ちもある。
でも、昔の私は「失敗=自分の才能がない証拠」だと思っていた。
いまは違う。
失敗は、
“脳の更新が必要なサイン”
にすぎない。
むしろ、こういう小さな違反があるからこそ、
・どこがまだ弱いのか
・何が腑に落ちていないのか
・自分に合わないルールは何か
・もっとシンプルにできるところはどこか
が明確になる。
(※本当に自分に合わない、好きになれない、という理由で違反が生じているなら、一旦ルール化をあきらめて、異なるアプローチでルール化と等しい結果を得る必要があるでしょう。例えば、損切の瞬間熱くなってずらしてしまうなら、損切はずらさないというルールをかかげるのではなく、そもそもエントリーしたらパソコンを閉じる、といった風にです。)
失敗は、ルールを磨くための砥石だ、そのようにポジティブにとらえるようにしています。
トレーダーは「本能との共同生活」
トレードというのは、手法や才能よりも、
“脳という野生動物と共存する技術” が大切。
むしろ、これこそが、トレーダーとしての命運を左右するとすら思っています。
本能に逆らうだけでは勝てない。
かといって本能の言うとおりにしたら破滅する。
だからこそ、
自分の脳の癖を理解し、
ルールを自分仕様にチューンし、
不要なものを削り、
必要なものだけを残し、
よりシンプルなセンターピンへと収斂していく。
この作業こそが、
“相場で生き残るトレーダーの素地” そのものだと思います。
完璧なルールより「自分に合うルール」
今回の一件を通じて改めて思う。
トレーダーとしての成長は、
「正しいルール」に近づく旅ではない。
「自分に合うルール」に収斂していく旅である。
ブレイク禁止も、戻り待ちの厳守も、
どれが正しいという話ではない。
大切なのは、
“脳の癖を理解したうえで、自分が期待値を取れる形に落とし込むこと”
これに尽きる。
そしてその過程は、失敗と反省のループでしか磨かれない。
今日のまとめ
もしあなたが最近ルール違反をして落ち込んでいるなら、こう伝えたい。
あなたの脳は正常です。
むしろ、違反したその瞬間こそが、
“あなた自身のセンターピンを見つけるチャンス” です。
失敗して、
突っ込んで、
修正して、
それでもやらかして、
さらに突っ込んで、
よりシンプルにしていく。
この泥臭いループこそが、
本能を超えて期待値を取り続ける「本物のトレーダー」に近づく道なんだと思う。自分の行動記録を振り返れるようなトレードノートをとりつつ、こうした意識で臨んでいけば、きっとトレーダーとして覚醒できると思います。頑張ってください。
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