「裁量トレードだけど、裁量の余地がない仕組み」──
これが、試行錯誤と暗中模索の果てにたどり着いた、私なりのトレードの境地です。
最初にこの言葉を見たとき、「なんじゃそりゃ?」と感じる方も多いでしょう。
私もかつては、“裁量こそトレードの醍醐味”と思っていた一人です。分析して、考えて、値動きを読み解いてこそ勝てるんだと。
でも、その「考える」という行為こそが、私の最大の敵でした。
考えるほどに狂う「人間の脳」
トレード中、チャートを見ながら「これは上かな?下かな?」と考えた瞬間、もう遅い。
人間の脳は、理屈よりも感情の影響を強く受ける構造になっています。
負けが続けば「取り返したい」と思い、勝てば「もっと取れる」と思う。
こうして思考のノイズがどんどん混ざっていく。
だから私は、考えを“減らす方向”に舵を切りました。
分析をやめたのではなく、分析の結果を「仕組み」に閉じ込めたのです。
「分析不要」とは、“考えなくてもできるレベル”まで磨いた状態
以前、ハーバードの滑り止めで東大理科三類に受かったというスーパー東大生の記事を書きました。
彼は考えなくても潜在意識で理解できるレベルまで、英文読解力を、質、量、速さ、といった点で研ぎ澄ましていました。
彼のそのメソッドを目にした瞬間、私は「これ、トレードにも通じる」と確信しました。
結局、チャートの世界も人間の世界です。
人間の脳には「パターン認識能力」があります。
私が言うトレード技術の中核は、このパターン認識能力をどれだけ精密に発揮させられるか。
そのためには、余計な分析や迷いといったノイズを極限まで取り除く必要がある。
たとえば、あなたが毎朝、歯を磨くとき。
いちいち「どの歯ブラシを使おうか」「歯のどこから磨こうか」なんて考えませんよね。
それは、何百回、何千回と繰り返すうちに“仕組み化された動き”だからです。
トレードも、究極的にはこれと同じ。
感情や思考を挟まず、反射で動ける領域にまで落とし込めたとき、初めて「裁量の余地がない裁量トレード」が完成します。
分析の果てに、分析が不要になる
誤解を恐れずに言えば、私は「分析をやめた人間」ではありません。
むしろ、絶望したくなるような失敗を繰り返しながらも、あきらめず自分のトレードを分析した結果、分析沼から解き放たれた人間です。
分析は「やる」ものではなく、「済ませておく」もの。
トレード中に考えているようでは、すでに負けの芽が出ています。
磨き上げたひとつのトレード形──
それには、自分の失敗・検証・迷い・欲望、あらゆる経験が凝縮されています。
だからこそ、そこに到達した瞬間、分析が不要になる。
それは、知識を捨てたのではなく、知識を血肉に変えた証拠です。
無感情で、機械的に、淡々と。
「無感情で機械的にトレードするなんて、人間味がない」
そう思われるかもしれません。
でも、私にとってはむしろ逆でした。
感情を消した先に、ようやく“人間らしい生き方”を取り戻せたのです。
以前の私は、トレードで負けるたびに勝手に怒り、悲しみ、チャートを閉じても頭の中で値動きがフラッシュバックし、しくじった場面に(損切をずらしたことや利を伸ばせなかったことなど)後悔してばかりいました。
休日も気が休まらない。
勝っても負けても、結局、心が擦り減っていく。
トレードで負けが込み、何が答えかわからないまま迷走していた頃は、生活そのものがトレードに支配されていました。
でも、仕組みをシンプルにして、条件が揃えば「エントリー」「決済」──それだけにした瞬間、頭の中が静まり返った。
無感情で機械的に反応できるようにしたことで、トレード以外の時間に、大げさと思われるかもしれませんが、人間らしい自分が戻ってきたんです。
極限までシンプルにする勇気
手法を増やせば勝てる気がする。
インジケーターを重ねれば安心できる気がする。
だけどそれは、実は「怖さを誤魔化しているだけ」なんですよね。
シンプルにするというのは、思考の逃げ道を断つ行為。
怖さと正面から向き合う勇気がないと、できません。
私もかつて、何本もインジを重ね、画面がカラフルすぎて値動きが見えないほどでした。
でも、結局どの線も「自分を納得させるための飾り」だったと気づいたんです。
本当に必要なのは、勝てる形を一つに絞り、それを疑わずに繰り返せる胆力。
それがあれば、分析もチャートの飾りも要らない。
分析不要とは、自由への入り口
「分析不要」とは、怠けでも手抜きでもありません。
ここまで読んでくださった読者の皆さんならわかっていただけると思いますが、むしろ、それは、私にとって、自由への入り口でした。
何をすべきか迷わず、どんな相場でも自分の型で動ける自由。
負けても動揺せず、勝っても浮かれない安定。
ようやく私は、トレードの世界で“心の平穏”という最大の報酬を手にしました。
余談ですが、私は今、子猫を飼っていますが、トレードに精神を支配されていた頃の自分には、子猫を飼うことはとてもできなかったと思います。心から愛することができず、逆に、目障りに思った可能性すらあります。まったく心の余裕などありませんでした…。
もし今、あなたが手法探しの迷路に入り込んでいるなら、
一度、「分析しすぎている自分」を疑ってみてください。
もしかすると、あなたが探している聖杯は、
もうすでに、あなたの手の中にあるのかもしれません。
あとはそれを、余計な分析を削ぎ落として磨くだけ。
それが、“勝ち組まであと一歩”の道です。本日も、お読みいただき、ありがとうございました。
ご案内
自分が今、トレードをし続けられているのは、この先生のおかげだと思っています。
聖杯探しに疲れ果てた私が、ようやく「これだ」と思えた教材です。
遠回りしたからこそ刺さる、シンプルさの中に詰まった“勝ち続ける本質”。
私自身何度も見返し、学ぶたびに新たな気づきを得てきました。──メンタル崩壊とも無縁の実戦バイブルです。とてもお安くあり得ないコスパなので、良かったらお手に取ってみてください。

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