※前編をご覧になっていない方は、こちらからご覧ください。
前編では、「見えているものの奥に目を向ける」という感覚について、少しだけお話ししました。
今回は、その続きです。
もう一人の、不思議な力を持った方との出来事を通して、感じたことを書いてみたいと思います。
二人目の方は、いわゆる“ヒーラー”と呼ばれる方でした。
無理やりジャンル分けをするなら、一種のエネルギー治療なのか…
直接の知り合いではありません。
私が地元にいた頃、お世話になっていた整体の先生が、ある重い病気を患ったことがきっかけでした。
それは、ステージⅣの胆管がん。
突然の体調不良から発覚したもので、一般的にはかなり厳しいとされる病気です。
西洋医学での治療も検討されましたが、ご本人は抗がん剤を使わないという選択をされました。
そこで、いろいろなご縁をたどり、そのヒーラーの方に来ていただくことになったのです。
施術は、とてもシンプルなものでした。
両手を体に当てて、何かを“送る”ような動き。
その時の手の動き、間近で見ましたが、目にもとまらぬ速さでした。
同時に、体の中を見ているような感覚で、不調のある箇所にアプローチしていく。
言葉にするとそれだけなのですが、
実際に起きていることは、もう少し不思議なものでした。
がんがある箇所を感じ取り、そこに働きかけることで、状態を変えていく。
そういう力を持った方でした。
この方、過去にも多くの実績があり、海外で取り上げられたこともあるそうです。
日本でも、著名な方が頼りにしている、という話も耳にしました。
ただ、ご本人はとても気さくで、どこか飄々としている印象でした。
施術は、約4か月にわたって続きました。
直接来ていただける時もあれば、
どうしても来られない時には、電話での“遠隔”での施術も行われました。
これもまた、不思議な話なのですが、
その後は目に見えて体調が良くなっていくのです。
そして最終的には、がんが消失。
医師の方も驚くほどの回復を見せ、退院となりました。
ここまでの話だけでも十分に不思議なのですが、
実はこの後、もう少し身近な形で関わる機会がありました。
その方のご厚意で、数人だけ体を診ていただけることになったのです。
まずは、私の妹。
妹は、先天的に心臓に異常があり、
動悸や息切れといった症状に幼少時から悩まされていました。
施術を受けた後、それらの症状はほとんど出なくなりました。
先生曰く、「中で処置をした」とのこと。
ステントを入れたような状態にした、と表現されていました。
もちろん、医学的にどう説明できるのかは分かりません。
ただ、妹自身は楽になったと言っていました。
そして、私自身も診ていただきました。
私は気管支喘息があり、年に一度くらいは大きな発作が出ていました。
呼吸が苦しくて横になれず、薬も効きが悪くなるような、あの感じです。
一度だけの施術でしたし、難病としてしっかり診てもらうには本来かなりの費用がかかるとのことだったので、
正直そこまで大きな期待はしていませんでした。
ただ、その後を振り返ると、
あの強い発作はほとんど出なくなりました。
風邪をひいたときも、悪化してもせいぜい気管支炎~軽度の発作まで。
それでもまあまあしんどいのですが、
眠れず転げまわるような、死ぬかもしれないと思うほどの苦しみは鳴りを潜め、
軽い症状で収まることが増えました。
その方は、前編でお話しした方と同じように、
目に見えないものを感じ取る力もあるようでした。
ある時、硫黄島への慰霊の旅に同行した際、
多くの“存在”を感じてしまい、夜眠れなかった、という話も聞きました。
その流れで、少し軽い気持ちで、こんなことを聞いたことがあります。
「そういう力って、例えば行方不明者の捜索とかに使えたりするんですか?」
すると、少し笑いながらこう言われました。
「やろうと思えばできるだろうけど、面倒だからやらないよ」
なんだか、その一言が妙に印象に残っています。
こうしたやり取りを通して、私なりに感じたことがありました。
前編の方と、このヒーラーの方。
やっていることはまったく違うように見えます。
一人は“見る人”、もう一人は“治す人”。
でも、どこか共通している部分があるように思えたんです。
それは、おそらく「ベースとなる感覚」のようなもの。
うまく言葉にするのは難しいのですが、
表面ではなく、その奥にあるものを捉える力、とでもいうのでしょうか。
その上で、
その人が持っている特性や経験によって、
「見る」という形で表れる人もいれば、「治す」という形で表れる人もいる。
そんなふうにも感じました。
もちろん、証明できるものではありませんし、
あくまで私の中での仮説のようなものです。
ここで、少しだけ別の話を挟ませてください。
ノーベル賞を受賞された小柴昌俊さんの話です。
小柴昌俊さんは、生前、我々トレーダーにも大変示唆に富む金言を残してくださっています。
その言葉は、兼業トレーダーとして、長いトンネルをさまよい続けた私にもずっしりとくるものでしたが、今回のブログで紹介したテーマとも深くかかわってきて、大変奥深い、人生レベルでためになるものでした。
詳細について、過去ブログで言及したことがありますので、是非ご覧いただければと思います。
小柴先生は、宇宙の中のごくわずかな現象を捉えるために、
長い時間をかけて観測を続けていました。
すぐに結果が出るわけではない中で、
「本当に大事なものは何か」を見失わず、
淡々と積み重ねていく。
分野はまったく違いますが、
どこか通じるものがあるように感じています。
そして、この感覚は、トレードにも似ている気がしています。
私たちトレーダーは、未来を正確に当てる力を持っているわけではありません。
少なくとも、私はそうでした。
でも、環境認識をする力は、少しずつ身につけていくことができる。
どの時間足を見て、
どんな流れの中にいて、
どこに優位性がありそうか。
そういう“土台”の部分です。
その上で、使う手法やインジケーター、
エントリーのタイミングの取り方は、人それぞれ違ってくる。
ある人はシンプルなプライスアクションを好み、
ある人はインジケーターを組み合わせる。
性格や経験によって、合うやり方は変わるのだと思います。
少しだけ思うのは、
「勝てる形」を探し続けるよりも、
「土台となる見方」を整えていくことの方が、
遠回りのようで、結果的には近道なのかもしれない、ということです。
私自身、つい最近まで、ずっとくすぶっていました。
手法を変えて、インジを試して、
それでもしっくりこない。
そんな時間を、かなり長く過ごしてきました。
だからこそ、
同じように悩んでいる方の感覚は、なんとなく分かる気がします。
もしかしたら、必要なのは大きな変化ではなくて、
「どこを見ようとしているか」を、少しだけ整えること。
その積み重ねなのかもしれません。
前編と今回の話、
どこまでトレードと結びつけていいのか、正直迷う部分もあります。
ただ、私の中では、どちらも同じところにつながっていました。
分野は違っても、本質は似ている。
そんな感覚です。
もし今、
長い間うまくいかずに立ち止まっているとしたら。
何かを足すことではなく、
一度、土台の部分に目を向けてみる。
そんな時間を持ってみてもいいのかもしれません。
うまく言えませんが、
その小さな変化が、
思っている以上に大きな違いにつながることもあるように感じています。
本日も、お読みいただき、ありがとうございました。



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